2026/02/02【引退選手のお知らせ】小川那月選手(女子マラソン)
2026年2月1日、兵庫県郡市区駅伝をもちまして小川那月選手が現役を引退いたしました。
2022年にスズキに入社し4年マラソンを主として活躍しました。

【小川那月選手コメント】
2026年2月1日をもちまして、スズキアスリートクラブを引退いたしました。
在席中は、温かいご声援と多大なるご支援を賜り、心より感謝申し上げます。
私が陸上競技を始めたきっかけは、母の勧めで出場したマラソン大会でした。
褒めてもらえたことが嬉しくて、「また走りたい」「もっと頑張りたい」と自然に思うようになりました。
中学・高校と長距離競技に取り組み、仲間とともに走る楽しさや、駅伝という競技の責任と重みを学びました。
大学では全国を目指して競技に取り組み、全国駅伝への出場やマラソンデビューなど、貴重な経験を重ねました。
マラソンでは沿道からの多くの声援を受けて、ゴールした時の達成感が、競技を続ける原動力となりました。
大学卒業後、競技を続ける道を選び、自らの意志でスズキに入社しました。
しかし入社後は、運動誘発性喘息をはじめとする体調不良や、アキレス腱炎・疲労骨折などの怪我が続き、
思い描いていた競技生活とは違う、苦しい時間が多くなりました。
それでも何かを変えなければと、自分自身と向き合い、練習だけでなく生活面を見直しながら競技に取り組んできました。

思うように走れず、引退を考えた時期もありましたが、✨2024年の神戸マラソンで優勝✨
することができたことがきっかけで、自信と前を向く気持ちを取り戻しました。
この結果は、自分一人の力ではなく、支えてくださった多くの方々の存在があってこそのものだと強く感じています。
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4年目に入り、将来について真剣に考える中で、神戸マラソンを一つの区切りとして進退を決める覚悟をしました。
自己ベストを更新する結果は残せたものの、会社の看板を背負って走る立場として、競技人生に区切りをつける決断をしました。
最後のレースとなった大阪国際女子マラソン・兵庫県郡市区対抗駅伝では、これまでの競技人生を噛み締めながら、
最後まで笑顔を絶やさず走りきることができました。

楽しい事よりも、苦しい事や悩んだ時間の方が多かった競技人生でしたが、
周囲の方々に恵まれ、14年間走り続けることができました。
これほど多くの方に応援していただけたことは、私にとって何よりの財産です。

今後はお世話になった職場で社業に専念し、新たな人生を歩んでまいります。
これまで応援してくださったすべての皆様に、心より御礼申し上げます。
今後もスズキアスリートクラブの応援の程よろしくお願いいたします。
小川那月

【スタッフより】
小川選手は、いつも「笑顔」が印象的な選手でした。
人見知りな一面がありながらも、周囲への気配りを忘れず、多くの人に愛される人間力を持った選手でした。
その人間力は競技力にもつながり、大きな大会への出場や優勝という結果を残してきました。
大きな記録を更新したわけではありませんが、静岡県代表として東日本女子駅伝でアンカーを務め、
神戸マラソンでは有力選手たちが苦しむ中で見事優勝。
その活躍は、翌年の神戸マラソンでの選手代表挨拶やゴールドコーストマラソン出場へと確実につながっていきました。
多くの選手がいる中でも、タイミングや運を引き寄せる力を持った選手の一人だったと思います。
クラブ内においても、常にチームのことを考え行動してくれたことに、スタッフ一同とても感謝しています。
競技引退後も、その人間力で多くのものを引き寄せ、活躍していくことでしょう。
本当にお疲れ様でした。
そして、これからの人生も心から応援しています。
