2026/04/28【引退選手のお知らせ】清田真央選手(女子マラソン)
女子マラソンチームの清田真央選手が競技を引退いたしましたのでご報告いたします。
清田選手は2012年4月にスズキ入社、14年間活動いたしました。
在籍中はたくさんの応援いただき感謝申し上げます。
今後はスズキに残り社業に専念します。
大好きな陸上ですので走ることは続けてまいります。

【清田真央選手コメント】
この度、現役を引退することを決意しました。
これまでたくさんのご支援・ご声援をいただき、本当にありがとうございました。
スズキに入社してから14年間、スズキアスリートクラブの一員として競技に専念できたことに、感謝の気持ちでいっぱいです。
■ 陸上との出会い(小学生)
陸上を始めたのは小学3年生の時でした。体を動かすことが好きで、友達と一緒に遊び感覚で入った陸上クラブがきっかけです。
友達といるのが好きで、習い事も一緒に始めていた中の一つが陸上でした。
当初は種目の意識は強くありませんでしたが、どちらかといえば短距離寄りでした。ただ、クラブの監督から「長距離の方が向いている」と声をかけてもらったことや、学校の持久走大会で1位を取れたことをきっかけに、「走るなら長距離かもしれない」と思うようになりました。
市大会では差をつけられて負けることも多かったですが、目標を持って取り組めていたからこそ頑張れたのだと思います。
この頃から「やればできる」という気持ちを大切にしてきました。
■ 中学時代
中学生の頃は陸上部がなく、ソフトテニス部との兼部でした。限られた環境の中でも競技を続け、3000mでジュニアオリンピックに出場し、都道府県対抗女子駅伝では愛知県代表として走ることができました。
特に印象に残っているのはジュニアオリンピックです。3000mという距離は当時あまり経験がありませんでしたが、県大会で優勝し、初めて全国大会を経験しました。この時に3000mを走ったことが、その後の駅伝代表選出につながり、自分の陸上人生において大きなターニングポイントになったと感じています。
■ 高校時代
中京大中京高校に進学し、都道府県対抗女子駅伝では再び愛知県代表として出場しました。
トラック競技では1500m・3000mで2年生、3年生時にインターハイへ出場し、山口国体3000mでは8位入賞という結果を残すことができました。
強い選手が多い環境の中で、自分と向き合いながら競技に取り組んだ時間は、その後の競技生活の土台になっています。
■ スズキアスリートクラブでの競技生活
スズキを進路として決めた理由は、記録会で何度か声をかけていただき、見学した際に感じたチームの雰囲気の良さでした。
練習環境が整っていることも魅力でしたが、「このチームで一緒に練習し、走っていきたい」と思えたことが一番の決め手でした。
地元・東海地区で活動できることも、当時の自分には大きな要素でした。
国体では静岡県代表として走る以上、必ず入賞してチームに貢献するという目標を常に持って臨んでいました。毎回強い緊張感がありましたが、2014年から2017年までの4年間(3位・6位・8位・7位)、少しでも静岡県チームの力になれたことは、自分の中で大切な経験です。
2015年アジア選手権では、初めて日本代表として海外のレースを経験しました。海外選手のレース運びを見て、勝つための走りを意識していることを実感し、多くの刺激を受けました。他種目の選手との交流ができたことも、競技者としての視野を広げてくれました。
■ マラソンへの挑戦
トラックよりもロードを走る方が楽しく感じ、自分にはより長い距離が向いているのではないかと思い、マラソンに挑戦しました。
初マラソンとなった2016年名古屋ウィメンズマラソンでは、地元で走れる喜びがあり、レース前からとても楽しみにしていました。

レース中は冷静に流れに乗ることを意識しながらも、沿道からの多くの応援に勇気づけられ、応援が与えてくれる力の大きさを改めて感じました。
マラソンは、地道に積み重ねてきた練習が結果につながる魅力がある一方で、体調や状態、過程によっては結果に結びつかない難しさもあります。苦しい時間は非常に長く感じますが、走れている時の楽しさやゴールの瞬間は、何度経験しても特別です。

■ 世界陸上とその後

2017年世界陸上(ロンドン)では、メダル・入賞を目標に挑みましたが、30km以降で離れてしまい、結果を残すことができませんでした。選んでいただいたにもかかわらず期待に応えられなかったことは、今でも悔しい思いとして残っています。

その後はけがによる長期離脱も経験し、競技から離れる時間の中で、復帰の難しさを痛感しました。それまで自分のタフさには自信がありましたが、立ち上げの難しさを経験し、振り返ると考えの甘さもあったと感じています。
■ 感謝とこれから
入社当初は5000mで自己ベストを更新することを目標にしていましたが、1500mから5000mまで自己ベストを更新し、ハーフマラソンやフルマラソンにも挑戦することができました。
トラックでは日本選手権やアジア選手権、マラソンでは世界選手権を経験できたことは、日々の練習や合宿、レースを支えてくださったチームメイト、スタッフ、職場の皆さまの理解と応援があったからこそだと思っています。

陸上競技に多くの時間をいただいた分、もっと結果で恩返ししたかったという想いはありますが、どんな時も温かく応援していただいたことには感謝しかありません。
競技を通して得た人とのつながりや経験を、これからの人生に生かしていきたいと思います。
今後とも、スズキアスリートクラブへの変わらぬご声援をよろしくお願いいたします。
本当にありがとうございました。

【スズキアスリートクラブより】
清田選手、スズキでの14年間、本当にお疲れ様でした。
高校卒業後に入社してから、目まぐるしい活躍の日々の中で、常に前を向きながら一歩一歩自分の道を切り開いてきた競技人生だったと思います。
世界選手権を経験した後は、記録や順位に対する周囲からの期待の大きさに押され、応えようとすればするほど空回りし、思うように走れない自分に苦しむ時間も多かったのではないでしょうか。
それでも、どんな時でも周囲への感謝を忘れず、笑顔を絶やさずに競技に向き合う姿は、多くの人の心を打ち、自然と応援したくなる存在であり続けました。その姿勢こそが、清田選手が多くの方に愛されてきた一番の理由だと思います。
これからは、これまで背負ってきた重圧から一度解放され、タイムや順位を気にすることなく、純粋に「走ることが好き」という気持ちや、これまでなかなかできなかったことに思い切り取り組んでほしいと願っています。
長い時間、陸上競技中心の生活を送ってきた中で、新しい環境に切り替えることは決して簡単ではないと思います。それでも、会社に残り、社業に携わる道を選んだ清田選手なら、競技とは違うフィールドでも、これまでに培ってきた力や姿勢を必ず生かしてくれるはずです。
スズキといえば清田真央――その存在はこれからも変わりません。
競技で積み重ねてきた経験を、次は仕事という形でスズキに生かし、新しいステージでの活躍を期待しています。
これまで清田選手を応援してくださったすべての皆さまに、心より感謝申し上げます。
そしてこれから始まる清田さんの新たな人生を、引き続き温かく見守り、応援していただけましたら幸いです。
最後に――
これからの毎日が、清田さんにとって「自分らしく前に進める時間」であふれるものになることを、心から願っています。
